グーグルマップ
午前中、映画「ある町の高い煙突」を鑑賞してきた。
新田次郎の小説を読み、映画も上映されると知り、前売り券を買って今日ようやく見ることが出来た。
感想を言えば、原作の方が良くできていた。
映画では時間の制約があり、どうしてもエッセンスだけ抽出して脚本が出来上がった感がある。もう少し丁寧な描写があればと感じた。
先日、人生の足跡をグーグルマップで辿ってみた。
生まれた場所、幼少時に預けられた親戚の家など、巡ってみてつくづくと感じてしまった。あれだけ活気があり・家族があり・家があり、永遠に続くと感じていたすべてのものが、朽ち果て・なくなり、高層ビルにとってかわられていた。
そこに居た主たちも、亡くなり・土地を離れ・行き先もわからない。
我が家もいずれはそうなる。
でも我が家だけは、私は、今からでも、もがいてでも、生きた証をとどめたい!
今をどう生きるか
60代ってこんなに重たいとは、想像もしてこなかった。
飯能近辺
憧れの女性像
「狭き門」で小説の虜となってからは、主に恋愛もの・郷愁漂うものを探し読みあさってきた。
なかでも、ツルゲーネフの「片恋」の叶わぬ恋を読み、少女アーシャを当時同級生だった女子に重ね合わせ、永い間、自分の憧れの女性となってしまった。
ショートヘアの活発で明るく、でも内面に秘めた憂愁が瞳に宿る、そんな女性が自分の憧れの女性となり、それはイコール同級生の彼女。現実と想像がごちゃまぜで、14歳頃から永い間とりつかれていた。
しかしそんな夢が一瞬で覚める出来事があった。
40歳過ぎに行われた同窓会。
理想としていた面影はなく、当たり前のことだが、そこに居たのは中年のおばさん。
重ね合わせていた像が、あっけなく崩壊し、永い間の呪縛を解かれ、かえってすっきりした思いを感じた。
更に年月を重ねた今は、どんなふうになっているのやら。
小説を読むようになったきっかけ
中学2年生の時、担任の大塚先生から言われた一言がきっかけで、小説を読むようになった。先生は「毎日新しい本が出版されています、本との出会いが考え方に大きな影響を与えますよ」との趣旨の言葉だった。
さっそく近くの本屋(瓢箪山の小さな書店)で買って読んだ本が、ジッドの「狭き門」
衝撃を受けた!感動した!
多感な頃、自分が主人公になった気持ちになり、嘆き悲しんだり、心が震えた。
この日から自分の理想の女性は「アリサ」になってしまった。
確かこの頃は、世界の純文学が書棚(小説)のメインを占め、日本の新進作家のものは置かれてなかったと記憶しているが。。。
ここから様々な小説を読み始めることになったが、良い本との出会いは本当に素晴らしい!
若い方々が良い本に出会い、人生に花を添えて行ったなら、きっと素晴らしいと思う今日この頃。
大泉学園南口からの1枚